無趣味な人が定年後を想定して何に取り組んだらよいのか
自分の定年後を想像できますか
人生100年時代と言われますが、実際に自分がそれだけ長生きできるかどうかは、誰にもわかりません。今まさに問題となっている新型コロナウイルスなど、人類は過去から未知の病気に悩まされ続けてきたものの、医療分野の技術革新によって都度克服してきました。
また、健康志向の高まりもあって、平均寿命は毎年伸びつづけています。
そうなると、人生の後半が長くなるわけですから、前半のうちに「生き続ける」ことを前提として準備をしておく必要があります。
しかし、若い人であれば尚更のこと、自分の老後のことなどあまり想像すらできないのではないでしょうか。
私もそうでした。20代、30代の頃は老後のことを具体的に想像できていなかったというのが本音のところです。ただ、さすがに50代にもなると、いよいよ「老後」も目前となりますので、嫌でも想像せずにはいられなくなります。
「お金」や「健康」の問題も重要なことなのですが、その二つの問題が何とかなったとして、果たして何をやって過ごすか。つまり、「人生後半の時間をどう過ごすか」に強い関心が及びます。
趣味はありますか
今、「趣味」と呼べるようなものはありますか? それは、定年退職後も続けていけるものですか?
恥ずかしい話ですが、あらためて振り返ってみると、今現在、私には「趣味」と呼べるようなものが見当たりません。
学生時代には、サッカーや音楽、読書、映画に夢中になりました。自由になる時間がたくさんありましたので、それこそ朝から晩まで「むさぼる」毎日でした。就職してからもゴルフを始めたり、時間を工面して資格取得に励んだり。
しかし、今となってはどれも「趣味」と呼ぶには程遠い状況です。強いて言えば、このブログにも綴っている子供の受験対応くらいでしょうか。それだって、まもなく終わってしまいます。
だからといって、「無趣味」という状況にこれまで特段疑問を呈することもありませんでした。働き方改革が叫ばれる昨今ですが、私のように「無趣味」を自覚される方は少なくないのではないでしょうか。
まずは親世代から学びましょう
「定年後」が想像できないのであれば、今まさにそのときを過ごしている親世代を参考にするのが手っ取り早い。もちろん、親世代と我々とで状況が異なることは承知の上です。
私が人生後半の過ごし方について考えるようになったきっかけは、「お前もそろそろ趣味をもっておけ」という父親の一言でした。
私の父親も、いわゆる仕事人間でした。「家族をかえりみない」ほどではないにしろ、朝から晩まで働いていたように記憶しています。
仕事の関係者とゴルフに行き、休日はテレビでゴルフや野球を観ている姿がしか思い出せません。今ではゴルフをすることもなく、時折、囲碁クラブに出向くのが習慣のようですが、私が一緒に住んでいた頃(つまり現役時代)は、父親が囲碁をしている姿など見たことはありませんでした。
本人から聞いた話ですが、仕事を引退した後は何もすることがなく途方に暮れていたそうです。今頃になってそう打ち明けられました。それが「お前もそろそろ趣味をもっておけ」という私へのアドバイスにつながります。
このままいけば、「無趣味」である私は間違いなく父親と同じ道をたどることになります。同じような境遇の方は、決して少なくないものと思われますが、幸いにも私たちには、まだ手を打つ時間が残されています。
新たに取り組むのであれば
「そもそも趣味は無理やりつくるものではない」というご指摘はごもっともと思います。しかし、残念ながら私のように人生後半に差し掛かろうとしていながらも「無趣味」な人は、無理やりにでも何かをはじめてみることを強くおすすめします。
そのときに、趣味の対象として挙げられるのは、以下のようなパソコンを使った分野です。
- プログラミング
- ブログ
- ライティング
- 動画編集
今回、新型コロナウイルスの影響で、キャッシュレスの導入が進んだり、テレワークが普及したり、あらゆる場面でデジタル化が図られました。子供たちの塾も、オンライン授業や映像配信授業が多く採用されるようになりました。このように否応なく、人と人とのコミュニケーションのあり方が変わりつつあります。
そして、この変化の流れは後戻りするようなことはなく、今後ますますスピードをもって進行していくことになろうかと思います。少なくとも、私たちが「老後」を迎える頃まで続くはずです。
そうであるなら、この流れに乗っておくのは新たな「趣味」として真っ当な選択肢です。何といっても初期投資がほとんど掛かりません。
しかも、うまくいけば、わずかであっても新たな「収入源」となる可能性もあります。
ノートパソコン一つを持っていろいろな場所を訪れ、それを写真や文書として記録を残していくのは、「定年後」の素敵な時間の過ごし方だと思います。
私は、そのような想いで「50の手習い」を始めました。「遅すぎる」と笑われそうです。挫折するかもしれません。でも、何もしないよりはマシです。時間は止まりませんので、まずは「手をつけてしまう」「走りながら考える」ことをおすすめします。